チーム寺子屋 
石見ライド〜壮絶な2日間〜
2006.5.14
 石見ライド2日目。ホテルの方に無理を言って朝食の時間を30分早めてもらい、2日目のライドに備える。天候は、曇りで、まずまずのコンディション。朝、2日目だけの参加者もいるので、2日目の開会式。やはり、ここでも安全についてのお話があった。今日は赤い幟が目印。

    

 

膝の痛み・・
 昨日いためた足は相変わらず今朝も痛かった。Hさんとも会いあいさつをする。今日こそはついていきたいと思う。それでも、足の様子や、昨日の疲れから無理をせずに走ろうとは思ったものの、いったんスタートすると、やはり本気モードに突入する。平坦地はいいのだが、やはり2日目もまっていた、アップアップのコース。こうなると、膝が痛くて踏ん張れない。Hさんは、風邪気味だというのに、今日も元気。あっという間に姿は見えなくなってしまった。
 回転だけで進む。のろり、のろりだ。そうしている間にどんどん後ろから追い抜かれていく。昨日はパンクで泣き、今日は膝の激痛で泣くというなんとも、2日間とも過酷だ。それでも、今日は割合短い間隔でエイドステーションがあるので、その間に昨日の失敗にこりて、あまり休憩はとらず、ちょっと休んですぐに出発をすることで、エイドステーションのたびにHさんに追いつくことになった。
今日もパンク!
 途中それでも調子が出てきて、痛くてもそれなりに踏ん張れる感じになってきたのだが、なんと、なんと、プシューという音。再びパンクである。昨日ゴールしてからプロのメカニックの方に見てもらったところ、タイヤに石がささっていたということだった。しかも、この石、普段はタイヤの中に埋まっているように刺さっていたそうで、何かの拍子でチューブ側に出てパンクをさせるというやっかいな刺さり方だったそうだ。どうりで、パンク修理のときに、手でさわって異物がないかを確認していたにもかかわらずパンク、パンクのオンパレードになったというわけだ。
 今日は、その石も無いはずなのに、なんと、いきなりパンクである。まだ、始まって1時間ぐらいだったので、この先どうなるのか?と不安でいっぱいになる。パンクの修理をしているとどんどん追い抜かされていく。今日も、順位というよりも完走が目標だ。しかし、やる気になっているところへ、いきなりのパンクは本当にまいる。パンク修理をしていたところへ、Hさんが通りかかった。直前のエイドステーションで知らない間に私の方が先に出発していたのだ。それでも、パンク修理をしている間に心配してくれていたが、先に行ってもらった。
 膝が痛かったので、踏ん張れなかったが、サドルの高さを5ミリぐらい上げると、随分楽になった。体に合わせるということがいかに大切なことか今回すごく感じた。
大変なことが・・・
 修理をして、再び進む。その先になにやら重々しい雰囲気が・・・。スタッフの方や救急車、警察の方などが橋の周りにいた。どうやら事故があったらしい。最初は落車か何かかと思っていたのだが、どうも、橋の上から川に人が落ちたらしい。その現場はなぜ、人が落ちるのか理解できないような場所だった。下り坂ではあったが、そんなに急な坂でもなく、他の方とぶつかったような形跡もない、もちろん車とぶつかったようなこともない。ただ、右側の80センチぐらいの欄干を乗り越えて人と自転車が落ちたということらしい。その時は、その場所にいつまでもいると、二次的な事故になる可能性もあるということで、あまり立ちどまらずに先に行くことになった。結構高い橋だったので、落ちた方は大丈夫だろうか?と心配な気持ちでその場所を離れた。その後、家に帰ってからインターネットのニュースで事故に合われた方は亡くなられたということを知り、ものすごいショックを受けた。同じイベントに参加し、同じ気持ちで楽しんでおられたはずなのに、事故によって亡くなられたという事実。あってはならないことが起こってしまったのだ。 
 亡くなられた方は、広島の方でフルマラソンにも何度も出場したり、日々自転車の練習をしたり、石見ライドの前には下見をしたりと、このイベントに向けては頭が下がるぐらい慎重にしかも、前向きに取り組んでおられたことが、ご遺族の方が寄せられた石見ライドのホームページ上のBBSの文章からうかがえる。それなのになぜ・・・・。「亡くなられた方のご冥福を心よりお祈りいたします。」

 

またまたパンク
 その後も、昨夜直したチューブの糊のつきが悪かったらしく、徐々に空気が抜けるというパターンのパンクが1回。断魚峡のエイドステーションまでは、何度か空気を入れて走った。丁度、昼食場所だったので急いで弁当を食べ、サポートカーから新しいチューブを2本購入して、それを使って修理した。

  

タイヤからチューブが・・
 その後は結構いい感じで進む。この調子だと、今日は余裕を持ってゴールできるかな?などと考えていた。すると、タイヤを見ると、なにやら左側に異物が着いているではないか!これはまた、パンクするかもしれないと思い、その異物を取ろうとした。なんと、この異物、異物ではなく、タイヤの穴から脱腸のようにはみ出てきているチューブだったのだ。なんとかもってくれ〜と祈りながら、エイドステーションである旭温泉まできた。ここでHさんと再会。あと少しということで、がんばろうとお互い励ましあう。Hさんが出発したので、あまり休憩せずに、私も・・・と思ったが、トイレに行ってからスタートと思いなおし、そこでトイレに行った。トイレから出てくると、女性の方がなにやら、自転車のタイヤを見ていた。どうしたのかな?と思っていると、どうも、私がトイレに行っている間に「パーン」とパンクする大音響がしたということだった。誰のタイヤがパンクしたのかを確認しているところだったのだ。いやな予感的中。あの脱腸のようになっていたチューブが破裂したのだ。ついていないときは、本当についていない。折角調子が出てきたところなのに・・・・と思いつつ修理をした。本日3回目のパンクである。今回はタイヤに小さな穴が空いていたことが分かったので、また、脱腸のようになってはいけないので、ガムテープで応急処置をして、新しく買ったチューブをつけた。また、随分時間を使ってしまった。急いで、前の人に追いつこうとがんばって進む。

  

ドジな私
 すると、少し行って何やらタイヤに違和感が・・・・なんと、パンク?さっき交換したばかりなのに・・・・が〜ん。さっき交換したチューブは実は、ちょっとずつもれていたパンクしたチューブだったのだ。パンクの修理をした後、新しく買ったチューブの箱にそのパンクしたチューブを入れてしまっていたのに気づかずにそれを使ったのだった。あと、25キロということで、ポンプで空気つぎながら進むか、ここで、再び交換するか迷ったが、25キロはもたないと判断し、本日4度めのチューブ交換をした。そのときにも、さっきのエイドステーションで話をしていた人たちに随分抜かされてしまった。本当に試練だ。 
 昨日は足の筋肉がつりそうだったので、できなかったが、今日は立ちこぎができた。いや、こうすることで、膝の負担を減らせることもできたので、後半は立ちこぎを多様。パンクで遅れをとった分、必死になって、ラストスパートをかけた。最後のパンクの間に抜かされた人を再び抜き返した。日本海一望絶景ポイントと紹介されている峠を越えた。後はゴールするだけ!と思っていたら、いつまでたってもアクアスにつかない。サイクルコンピューターが140キロをすぎても、いつまでたってもアクアスが見えてこない。そうこうしていると、男女2人組みのサイクリストがなにやら声をかけてきた。きっとすでにゴールをして帰るところで、声援だろうと勝手に解釈して、笑顔で手を振った。

なんと道を間違える!
 やっと、9号線まであと600メートルという標示が見えてきた。ついたぞ〜と思って9号線に出ると、なんと、そこは下府の登坂車線のところだった。が〜ん。道を間違えたのだ。どこで、間違えたのかさえもわからない状態だった。そう、実はさっきの男女2人組のサイクリストも道を間違えて引き返していたところだったのだ、そこで、道が違うよ!と教えてくれていたのだ。
 しかし、そうは言っても9号線まで出たからには引き返すか、それとも9号線をアクアスに向けて進むかどちらかを選択しなくてはならない。引き返しても正しい道を見つけることができるかどうか自信がなかったので、9号線を進むことを選択した。9号線でもアクアスまで結構あった。

感動のゴール・・やっとついた!
 それでも、アクアスの前の波の形をした橋が見えたときはやっとついた〜という感激の気持ちでいっぱいになった。ついにゴールである。結局、15キロぐらい正規のルートよりも多く走ったことになり、1日目も160キロ、2日目も160キロぐらいのライドとなった。ゴールには随分前に到着していたHさんと、その家族、そして友人のNさんとその友達の方が拍手で迎えてくれた。これだけぼろぼろになってもゴールを暖かく迎えてもらえると本当にうれしいし、今までの苦労が報われる気がした。「みなさん本当にありがとうございました。」
 今回これだけパンクに悩まされたのは全て1回目のパンクになかなか気づかなかったということにつきると思われる。パンクに気がつかず、道のがたがたと思い込み、相当進んだのだ。これで、タイヤがぼろぼろになったり、石が刺さったり小さな穴があいたりしたというわけである。パンクには常に気をつけて早め早めの対処をしなくてはいけないということをこの2日間で身にしみて分かった。
 また、人間、限界状態でも、結構がんばろうと思えばがんばれるし、がんばれないと思っても、がんばらないと抜け出せない状況だとがんばれるものだということを学んだ。
 人間修行の2日間だった。

 

 こうして、この2日間を振り返ってみても、本当に過酷だった。自分のドジも痛感させられたし、自分の実力もよくわかった。坂の過激さは、ツール・ド・国東の数倍という印象を持った。完走はしたものの、このままでは終われないという感想を持った。是非、来年は余裕をもってゴールしたい、リベンジだ。
2日目のデータ
走行距離 155.58キロ
所要時間 7時間25分45秒(実走時間のみ)
平均速度 20.9キロ
チーム
寺子屋


















『チーム寺子屋』