J 『下関〜宇佐』

2003.9.23
 東は京都まで行ったので、今度は西に、ということで、九州を攻めることにした。以前下関まで行っていたので、今回は、そこから宇佐あたりまでいけたらいいなあと計画をたてた。1日の距離はだいたい100キロ程度が今までの経験上丁度いい。
 さて、時間的に余裕があるツーリングではなく、今回許された期間は丸1日。こうなると、出発地点が益田から離れていると少々きつい。
 そこで、今回の計画は、前日の夜に車で下関まで行き、車で寝て次の朝早く出発することにした。なぜ車に宿泊??と思われるかもしれないが、自転車でのツーリングは、なんとなくハングリーの方が似合いそういう個人的な感覚というのが主な理由である。まあ、それに付随して、経費節約というおまけがついてくるって感じである。もう一つは、下関に着くのが真夜中になり、ホテルを探したりするのが大変だからという理由もある。『つぎはぎ日本一周』は完全に個人的な趣味であるので、日帰りのツーリングなのに、二日も続けて家族と夕食を共にすることができないというのは、なんとなく気が引けるのである。そうした理由から、夕食後の午後8時半ごろに益田を出発した。夜中なので、車も少なく、快適に運転できる。
  国道9号線を山口方面へ進む。小郡からバイパスに乗って、下関まで。着いたのは夜中の1時前になった。そこから、駐車場を探すのが、結構大変で、下関駅近辺をうろうろした。結局下関駅(彦島側)の駐車場に決定。ここは、30分100円なのであるが、3時間以降12時間までは無料になり、結局、丸1日停めていても1200円という安さになる。駅のすぐ近くという立地条件も良かったので、ここに決定した。
 ここで、寝床作りである。車のリアシートを前にたおしてフラットにし、エアクッションを引き、寝袋で寝る。下手なテントで寝るよりも快適な寝心地だった。欲を言うとフロントシートとリアシートの間にダンプカーのようにカーテンがあると、視線を
感じることもなく、より快適に寝られるだろうなあと思った。

これが今日の寝床
なかなか快適!
次の朝、6時すぎに目が覚めた。準備をして出発である。写真にあるように、今回は寝床を確保するために、来るときは、リアに自転車を積んできた。そのため、すぐに出発の準備完了。駅のトイレで朝の支度を済ませ出発。

下関駅前の駐車場
 最初に目が行ったのは『海峡ゆめタワー』153メートルの高さがあるというもの。朝が早かったので、上がることはできなかったが、下の広場をぶらっとしてみた。とても感じのいい広場だった。
 次に見えてきたのが、海響館である。この水族館は以前家族で一度来たことがあるが、スケールが大きく鯨のことと、ふぐのことがとても詳しく紹介してあったという記憶がある。ここも朝早いため、写真をとって次へと進んだ。

海峡ゆめタワー

海響館だ〜!
下関という街は、ちょっとレトロな雰囲気の建物が多く残っている。その中でも有名なものに、旧英国領事館がある。これも中には入らなかったが、明治時代の雰囲気を味わった。

旧英国領事館
 本日最初に中に入ったところ、それは赤間神宮である。ここは今更言うまでもなく、源平壇之浦の合戦で入水された安徳天皇を祭神とする神宮である。境内には安徳天皇阿弥陀寺御陵、平家一門の七盛塚(ななもりづか)、ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)の怪談で有名な「耳なし芳一」の木像が祭られている芳一堂などがあった。朝の空気をいっぱいに吸い込み、神社にお参りするというのは、こういうときでないと、なかなかできないので(私は)しっかりこの時間を味わった。

赤間神宮

朝の光の中、参拝

平家一門の墓

芳一堂
 赤間神宮から関門トンネルに向かった。ここには地下60メートルの地点を通っている人道がある。このトンネルを渡って九州に上陸するのである。しかし、そこに行くまでの道は、それまであった歩道が無くなり、車道を走ることになり危険を感じながらの走行となった。以前下関から宇部まで、子どもたちとツーリングをしたいなあと思っていたが、やめて正解。
 人道入口にたどりつく、ここからの関門大橋の眺めは最高。

関門大橋

大砲
 記念撮影。その横を見てみると、なにやら大砲のようなものが・・・。この大砲は関門海峡を行く外国船をねらって発射したものを複製したものという説明が書いてあった。思ったよりも小さいので、びっくり、こんな大砲で外国船を狙っていたのかと思うと妙な感じがする。
 人道を通る。自転車は有料で、20円だった。徒歩は無料らしい。これはしまなみ海道の橋も同じだった。エレベーターで地下60メートルまで下がっていく。 先日購入したプロトレックの高度計もマイナス60を指した。この人道を自転車で快適に進む。朝早かったためか、人もほとんどいなかった。途中、山口県と福岡県の県境が示してあった。いよいよ九州である。門司側に着いて、再びエレベーターで地上に上がる。そのとき、ふと、案内板に目をやると、なんと、「自転車やバイクは押して歩いてください。」とあるではないか・・・。しまった。しまなみ海道の要領で、自転車に乗って進んだのであるが、押していかなくてはならなかったのだ。失敗失敗。ごめんなさい。

人道入口

県境
 さて、気を取り直して、九州ツーリングである。門司港駅近辺はレトロタウンとして、とても素敵なところなのだが、今回は、反対側に進む。宇佐を目指す。ちょっと進むと、無料の駐車場が・・・。下関にはこんな無料の駐車場は見つからなかったのであるが、ここにはしっかりあった。

広い歩道
 門司から中津までの道は比較的よかった。最初、ちょっと段差があったので、車道を通ったところもあったが、広い広い歩道が両側にあり、(車も通れそうな道)悠々と進むことができた。高低差もほとんどなかった。中村真也さんの通った道と違うのかな?と思ったりした。中村さんは、道は良くなかったと紹介していたような・・・。途中稲の束を橋の上で乾かしていた。面白い乾かし方だなあと思った。何に使うのだろう?


稲の束を乾かしていた

途中国道ばかりだと面白みがないので、少し町中を通る道を選んだ。椎田というところだったように思う。そこの橋を通ったとき、見慣れぬ風景に遭遇。川の中に石が積み上げられていた。それも一つ二つではなく、数え切れないぐらい。何のために?と思って見渡してみて、すぐに解決。何か魚をとるための仕掛けだった。そこで、おじさんが二人漁をしていた。様子を見ていると、石を一つ一つ取り除いては、川底を見つめている。そして、時折、火ばさみのような道具でなにやら獲っていた。うなぎだ。手に下げている網袋に10匹はいただろうか。
 「うなぎですか?いっぱい獲れますねえ。」と声をかけると、おじさんは小指を立てて、「小さい小さい」と言った。しばらく、その様子を見ていた。取り除いた石はそのすぐ横に再び積み上げられていくのである。石を取り除いて漁をすることが、次の仕掛けを作るというとてもかしこい仕掛けなのである。ただ、日本海の川のように潮の干満の差が少ないところではできない漁であるとも思った。

なにやら変な山が

うなぎを獲ってます
 昼になったので、椎田の国道10号線を適当な店がないか探しながら走った。そこへ、焼肉600円というのぼりを発見。ウエストというお店だ。中に入ると。肉を2種類にしても680円ということがわかり、そっちの方を注文。ロースとカルビである。ご飯、スープ、キムチはおかわり自由といううれしい設定。当然、どれもおかわりをした。満足。満足。これで680円は安い。


これで680円

お腹もいっぱいになったところで再出発。少し行くと「松江」という文字に遭遇。『豊前松江駅』という駅である。島根は松江と書いて「まつえ」と読むが、ここは「しょうえ」と読むらしい。記念に豊前松江駅「ぶぜんしょうええき」で写真をパチリ。とても小さなかわいい駅舎だった。


豊前松江駅

 耶馬溪で有名な山国川を渡り、中津に入る。ここは、私の大好きな1万円札・・・の肖像の福沢諭吉の生家があるところで有名。そこにも行きたかったが場所が分からないので、最初は、はっきりと見える、この地のシンボルである中津城に向かった。中津城は、黒田孝高(長政の父)が秀吉の命令によって九州を平定し、1588年に築いたものだそうだ。(現在の天守閣は昭和39年に再建されたもの)

中津城

展示品
 入館料400円を払い城の中へ。城の歴史や、資料が展示してあった。天守閣からみる中津の風景もいい感じである。あまり高い建物がなく、当時の雰囲気も多少残っているのかな?と思えるような眺めだった。城の中に中津のパンフレットがあったので、それを見て、福沢諭吉生家へ向かった。ここは、以前(10年ぐらい前)に職員旅行で来たことがある。そのときの印象は土蔵で福沢諭吉が勉強していたということだった。今回も入場料400円を払い、中へと入る。福沢諭吉の生涯など、詳しく展示してあった。特に興味があったのは、27歳の時に無理を行ってヨーロッパに使節団としていったということである。思ったより若い年齢で日本の政治を動かしていたことに驚く。歴史が大きく動く時というのは若い力が必要なのかもしれない。明治維新はそうした若いパワーが作り出したものといえるのではないだろうか。

福沢諭吉生家

資料館

歴史を感じさせる

村上医家資料館

中津駅
 福沢諭吉生家を出て、中津の町をぶらりと回ってみた。寺が多く、昔の雰囲気がいろいろなところで感じることができる街並である。萩の町とどこか共通する空気が漂っている感じがした。(萩の方が昔の雰囲気は強い)
 午後3時。宇佐まで行こうか、ここ中津で電車に乗って帰ろうか多少迷った。宇佐まではまだ結構距離があり、予定していた電車の4時半にはちょっと無理な感じがした。その次は5時半。この電車にはなんとかなりそうだ。また、5時半の電車に乗るとすると、宇佐神社の参拝もできそう。よし!5時半の電車に乗ることにして、宇佐まで行くことにした。


USA

 今までは割りとのんびりと自転車を進めてきたのであるが、今度は時間内で目的地に着かなくてはならず、このツーリング初の必死モードに突入。時速24〜5キロペースを保ちながら、ひたすら宇佐を目指す。ひたすら漕ぐとこ30分宇佐市に入る。「WELCOME TO USA」の看板が目に入ってきた。そう、宇佐は、ローマ字で書くと「USA」なのだ。ただ、宇佐に入ったとは言え、神社、駅とも、市の反対側にあり、まだ距離はある。その後も必死モードは続く。もう30分漕いだところで、やっと宇佐神社に到着。ここ宇佐神社は全国に4万あるといわれる八幡宮の総本宮というだけあって境内はとても広く、歴史を感じさせてくれる建物が多数あった。

呉橋

宇佐八幡宮

宇佐駅
 その後、電車に遅れないように宇佐駅に急いだ。やっと5時ごろに到着した。輪行の場合到着しただけでは済まないのがなかなか大変。必死になって、自転車を分解する。今回は泥除けもつけてきたので、分解の行程が複雑になり、少々時間がかかった。それでも20分ぐらいでなんとかでき、電車に乗ることができた。「セーフ」。乗ってみたら、丁度輪行バックを固定できるようなスペースがあり、そこにマジックテープで固定していれば、あとは、自転車を心配せずにゆっくりとイスに座っていれるようなつくりになっていた。ラッキー。これで、ゆっくり体を休めることができる。また、都合のいいことに下関行の電車なので、乗り換えもない。乗ってすぐに熟睡モードに突入。途中目が覚めたので、野田知佑の文庫本を読み、下関までゆっくりと過ごした。
 下関には19時40分に到着。今度は輪行バックのまま車に積み込み、帰路に着いた。
 次回は、国東半島をまわるかな?

 本日の走行距離    106.97km  
 駐車料金         1200円
 人道通行料         20円
 宇佐〜下関 電車賃   1600円
 中津城 入場料      400円
 福沢諭吉生家 入場料  400円


    














『つぎはぎ日本一周』